芳香族ヘテロ環化合物に含まれるピリジンとピロールは、生理活性作用を示す天然物の部分骨格に多く含まれていることから、重要な骨格です。
これら二つは構造上には大きな違いはないものの、反応性の面で異なる性質を示します。
今回はそのような面白い性質を示すピリジンとピロールについて、これら2つの性質の違いと反応への応用までを紹介していこうと思います。
ピリジンとピロールの性質の違いは?
ピリジンとピロールの大きな違いは
- 塩基性
- 電子密度
の2つです。
塩基性の違い
ピリジンは塩基性を示しますが、ピロールは塩基性を示しません。
この違いが生じるカギは、芳香族性の形成の違いにあります。

ピリジンはベンゼンと同様に、6つのπ電子が図のようにπ結合を形成することで、芳香族性を示します。窒素には5つの荷電子があり、うち2つは隣接炭素とのσ結合、1つはπ結合に関与するため、図のようにピリジン環の外側に向かって非共有電子対(赤軌道)が存在することになります。
一方でピロールには炭素が4つしかなく、π電子が4つしか存在しません。そのため芳香族性を示すためには、窒素が2つのπ電子を与えなければならないことになります。したがって、ピリジンとは異なり、非共有電子対(赤)に含まれる2つの電子がπ電子として作用するわけです。図とリンクさせてみるとわかりやすいかと思います。
そのため、ピリジンは非共有電子対の存在によって塩基性を示しますが、ピロールは非共有電子対が芳香族性を示すために利用されているため、塩基性を示さないということになります。
電子密度の違い
環の電子密度の違いは反応を予想する上で重要になります。
特にピリジンとピロールは顕著に電子密度の違いが生じるため、これらの理解は必須です。
理解をしやすくするためにピリジンとピロールを比較する前に、ピリジンとベンゼンを比較することにしましょう。
ピリジンはベンゼンと異なり、電気陰性度の高い窒素原子を含むため、炭素原子上のπ電子密度が低下します。この現象によってピリジンは芳香族求電子置換反応を起こしにくく、反対に芳香族求核置換反応を起こしやすくなります。
ではピロールの場合はどうでしょうか。
興味深いことにピロールの場合はピリジンとは対照的に、炭素原子上のπ電子密度が上昇します。この現象はピロールが五員環であることに起因します。
ピロールの場合、炭素原子4つと窒素原子1つに6つのπ電子を分け与えることになるため、ベンゼンやピリジンのように6つの原子に6つのπ電子を分け与えるよりも電子密度が上昇します。(ピリジン同様にピロールの場合も窒素の電気陰性度の高さから炭素原子上の電子密度が低下しますが、それでもベンゼンよりも電子密度が高くなる)

このようにピリジンとピロールでは構造の違いからは想像もつかないほど、異なる性質を示すことが分かります。
ピリジンとピロールの反応性の違いは?
前項でピリジンとピロールは電子密度の違いから異なる反応性を示すようになることを説明しました。そこでそれらについてもう少し詳細に踏み込んでいきたいと思います。
ピリジンの芳香族求電子置換反応
先に示したようにピリジンは電子密度が低下しているため、求電子置換反応が起こりにくいです。この問題を解決するための方法としてピリジン-N-オキシドに変換するといった方法があります。

ピリジン-N-オキシドは酸素原子上の負電荷が芳香環へと非局在化するため、芳香環の電子密度が上昇します。
これによりピリジンでは難しかったニトロ化やアセチル化もノーマルな条件で行えるようになります。
また、反応後は三塩化リンを用いることで酸素原子を除去することもできるため、非常に有用な基質です。
ピロールの芳香族求電子置換反応
先に、ピロールはピリジンとは対照的に芳香族求電子置換反応を起こしやすいことを確認しました。そのためピロールはピリジンのように活性化する必要はないように思われます。
しかし、ピロールはその電子密度の高さゆえに、副反応が起こりやすい問題点があります。
特にニトロ化のような硫酸を用いる強酸条件では下のような重合反応が起きてしまいます。

そこで活躍するのが無水酢酸を用いたニトロ化です。

この反応条件では硫酸を使用しないため重合反応が起こらず、また硝酸アセチルは通常のニトロ化で用いられるニトロニウムイオンよりも求電子性に劣るため、反応条件をマイルドにできます。
ただ硝酸アセチルは爆発性があるため、低温条件で反応を行うことに留意する必要があります。
位置選択性について
ピロールの求電子置換反応は、電子密度の高い2位で優先的に進行します。では3位に求電子剤を付けるにはどのようにすればよいのでしょうか。
それはピロールでしかなしえない方法を用いることで、達成することができます。
ピロールはピリジンとは異なり、N-H結合をもっています。つまりN上にHに代わる結合を形成することができるということです。例えばN上にかさ高い置換基であるTIPS基を付ければ、2位での反応を抑制し、3位に選択的に求電子剤を導入することが可能です。

上の図はvilsmeirer反応を用いた3位へのホルミル基の選択的な導入法を示しました。
Vilsmeirer反応についてまとめた記事も併せてご覧ください。↓↓↓
まとめ
ピリジンとピロールの性質の違いから反応例までを紹介しました。環の大きさが大きさが6員環から5員環にかわるだけで、こんなにも性質が変化します。
芳香族ヘテロ環化合物っておもしろい!